2000年7月26日
 朝、6時起床。三宅に紅茶を入れてもらう。日本への送付物(メガネなど)を受け取る。シャレットでバック(船着場)まで、送ってもらう。しかし、ここで、小さなアクシデントがあった。なんと前日三宅がわざわざ予約してくれていたはずの車がやってこないのだ。仕方なく、カール(乗合バス)の予約をしてもらい、なんとか、ダカールまでは迷わず、いける事になった。7時30分船が出発をする。長らく、お世話になった三宅と別れる。船が対岸に到着。これから
は、日本まで一人旅である。今までは、常に日本人とともに行動をしていた。なので、ちょっと不安だった。ダカールまで約3時間半。乗り心地の悪いバスで途中買ったパンを食べながら揺られる。ともかくも、無事にダカールのバスターミナルに到着。しかし、そこは町外れなので、タクシーに乗らなければならない。しかし、あんまりタクシーが走っていない。きょろきょろ探していると、一休みをしているタクシーの運ちゃんを発見。だいたい、1000CFA弱で街中にいけると聞いていたので800CFAでいいか交渉。800でいいということだったのでタクシーに乗り込む。街中の独立広場に到着。そうすると、運転手は2000出せという。話が違うのでかなり、ごねた。しかし、異国の地で何されるかわからないので、1000CFA札二枚を運ちゃんにたたきつけてやった。.
 前日自分で電話で予約をした(とはいっても隣には三宅がいたし、ホテルの人は英語が話せた)ホテル・ソフィテル・テランガ(テランガとはセネガルの言葉でもてなしという意味らしい)を探す。独立広場にほぼ面しているのですぐわかった。チェックインをする。
 チェックインの後、荷物を整理し町に出る。しかし、物売りがものすごくひつこくついてくる。英語で日本人が好きだから親切にしてやるといいながらどっか怪しげなところに連れて行こうとするようだ。彼があんまりひつこいので、強引に振り切ってホテルに戻ってしまった。どうもあついところで、いろいろひつこくされるとつかれてしまう。
 アフリカ最後の日なので豪勢に過ごそうと、高級ホテルを予約したのだ。中に入ってみると確かに高級ぽいのだけれども施設は古く、なぜか、シーツが真っ白ではない。多分水のせいか何かなのだろうか。でも、やはり安ホテルに比べるととても落ち着く。
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 このホテル、ダカールの中心にあるのだが、実は海に面しているのである(写真下)。街中でリゾート気分が味わえるなんともよくばりなホテルなのである。しかし、こういうプールでは黒人も白人も含めて外人はとっても絵になっている。そのなかで、ゆったり時間をすごそうとしてもなかなか、彼らのようにかっこよく行かない。なんでだろ。
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 プールサイドでビールを飲みながらしばらく横になって、時間をすごす。
 それもあきたので、久しぶりに日本の実家に電話を入れる。
 夜は、ケチって、ビールと軽いピーナツのつまみだけで済ませる。部屋に入ってテレビをつけるとコンコルドが墜落したというニュースをやっていた。フランス語のテレビなのでぜんぜんわからない。
 夜のダカールの町は探索せずおとなしく就寝。

2000年7月25日
 朝、田舎パンを食べる。国道まで、出て4日間お世話になった源さんの家(写真下)を後のする。
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 国道に出るとすぐ「セットプラス」(乗合自動車)がくる。パッシーと言う町で三宅と途中下車し、日本への帰国の途につく梅田さんと別れる。のどが渇いたので甘いビニール袋に入ったビサップジュースを飲む。三宅の住むフンジュン行きのカール(乗合バス)はすぐ見つかったが、人がなかなか埋まらず、50分くらい、待つ。日本人も辛抱強いというが彼らもその点ではなかなかのものである。とはいっても、日本人は忍耐して待つという感じだがセネガル人は、「待つ」ということ自体にあまり重きをおいていないから気にせず待てるような気がする。
そのうち、やっとカールがうまり、いざフンジュンへ出発することになる。がたがた道をやく40分ほど揺られてようやく、フンジュンの街に到着した。ひとまず、三宅邸へ。
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 上の二つの写真は三宅の家である。かなり、おしゃれでしょ。上は離れで、下がメインのお部屋、これで、確か家賃は日本円で1000円しないと思うからびっくり。
 休憩した後、毎週火曜日にたつ市場に行く。市場で買い物をする。私は、アタイア茶、アタイヤ用のグラスを買う。
 昼ご飯は、市場で買った、豆サンドイッチ、ツナサンドイッチにピクルス、それになんとカマンベールチーズ。
 昼寝をしながら、私は、三宅の本棚にあった宮部みゆきの「火車」をよむ。なかなか、おもしろく、昼寝をしないでよんでしまった。
 日の沈むころ、フンジュン市内へ、馬車のシャレットでいく。街へつくと、明日のダカール行きの車の手配を三宅にしてもらう。そして、アタイア用の急須を買う。日本円で、約、300円、ちょっと高いような気がするが、日本では手に入らないのでよしとする。あと、ビールを買い込む。帰り際、ちょっと雨にぬられる。
 帰宅後、夕飯の準備をする。今日の夕飯は七輪で秋刀魚とナスを焼きビールを飲むという、まさに役所こうじがビールのコマーシャルでやるようなことをやろうとしているのだ。
 軒先で、ビールを飲みながら、秋刀魚、ナスを食べていると急にほんわかした気分になってしまい眠くなってきた。そのまま、いい感じで寝てしまう。 

2000年7月24日
 朝だいぶよくなる。でも、念のためお茶ずけを食べる。
源さんの顔なじみでハンサムで陽気なブーバーの土産物屋へ行く。なんでも、ブーバーは、結婚して子供もいるのだが、バカンス客のヨーロッパの女の子のことをかなりものにしているそうだ。一夜をともにするのはもちろん、彼女たちが国に帰ってからも、お金をおくってきてくれるそうな。おまけに、ブーバーが忘れられないのか、なんども彼に会いにわざわざセネガルくんだりまでやってくるのだそうだ。ちょっとその話を聞いたときカルチャーショックを受けた。
みやげ物は染物の布と、木彫りを買いました。(写真下)ダカールなどでお土産を買おうとすると外人だと思って10倍もの高い値段を吹っかけてくるので、小さな街の買い物は落ち着いて買えてよかったです。
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 お昼ころ、私が滞在しているトゥバクータから約70kmほどのところにすんでいる三宅がセネガルにおいてはかなりの高級車パジェロ(しかも、革張り)でやってきた。カメラマンが協力隊員の活動の様子を写真撮影しているのでそれに便乗してきたのだ。そこで、お昼は総勢7人でたらいを囲んで食べた。
 午後、ごろごろしたり、お土産用に服を作ってもらっていたのを取りに行ったりする。
 今日の一代イベントは、餃子大会である。この日のために源さんはわざわざダカールへ行って肉をミンチにする機械を買ってきていたのだ。ひき肉なんて便利なものは、アフリカの田舎町にはうってないからね。私はまだ、調子が余りよくなかったので家にいたので下ごしらえをはじめる。まず、皮を作り始めた。餃子は好きでよく作っていたので、まあまあの皮が作れた。しかし、100個近くの皮を作るのはとてもつかれる。そこで、とちゅうで、いかをさばいていた、先輩梅田さんに皮作りをかわってもらう。具のほうはミンチミキサーが大活躍。
 日も沈みみんなも帰ってきたところで、餃子大会の始まり。僕は餃子焼きの鉄人として対戦者山本源一と勝負。僕のフライパンは餃子がとてもこびりつきやすく、きれいに餃子がはがれなかったのだが、みんなの評判もなかなかよく、結局、餃子対決は引き分けということになった。餃子を焼き終わったあと、三宅がいかのフリッターをあげてくれた。おいしかったのだが、おなかがいっぱいであんまりたべれなかったのが、こころのこり。
 身も、心も満足になり就寝。

2000年7月23日
朝、ちょっと表を歩くがだるい。かえって熱を測ったら38.3度あった。村のサンゴールさんの家でホームステイをするつもりだったが、ちょっと無理。昼、みんなはちゅぶじぇんをいただいていたが僕は源さんにおかゆをつくってもらう。バファリンと風邪薬を飲む。全身がだるいのとおなかがはって下痢の状態。夕方バファリンのおかげで熱が下がる。
 源さんは雨の中村へ仕事に出かける。夕飯は中華丼。油ものなので、大人のふりかけでごはんを食べる。食後、みんなの話を聞きながら。寝転がる。
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源さんの家の内部。男くさいでしょ。

ちょっとだるいがディスコへGO(11日目)
2000年7月22日
朝、9時近くまで寝る。朝食は永谷園のお茶ずけという豪華版!
インターネットを源さんがする。こんな偏狭の地でもインターネットができるなんてすごい!源さんは、メールマガジンで日本のプロ野球の情報を得ているのだそうだ。
11時ごろ、お土産を探しに村の土産屋を物色。なかなか、安くてよいものがたくさんある。しかし、2,3軒回っているうちにだるくなりいったん家に戻る。薬を飲み休む。昼過ぎにちょっとよくなり、またみやげ物を見ながら源さんお勧めのチュブゼン屋へ。体調を崩した体にはセネガルの脂っこい食事はつらい。その後、土産を買って歩く。
夕方は七尾君とチャーハンを作り、村に仕事に行った源さんの帰りを待つ。
夜、ホテルでショーを見る。セネガル人とヨーロッパのバカンス客がいっしょになって踊っていた。特に、セネガルのおばちゃんの踊りはすごかった!
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その後、村はずれで、若者たちのダンスパーティーがあるというので源さんと行ってみる。可愛い女の子と仲良くなれるかなあなんて淡い期待を抱いていったがなかなか、うまくいくものではない。でも、楽しく踊り、2時過ぎまで遊ぶ。2時半ころ就寝。